広島に原爆が投下された日

今日8月6日、広島に原爆が投下された日。
9日は長崎に原爆が投下された日。
15日はこの国が敗戦をした日。

毎年このシーズンは同じ様に慰霊祭が行われる。ルールになってしまっている。だから、なかなかその意味自体が1人ひとりに根付かない。自分は障害があるから戦争時に障がい者がどのように扱われてきたかにずっと関心を持っていた。色々な本を読んだり様々な研究者にも会った。それに基づいた事としては戦争時には障害者はゴミ。役立つ人達は利用する。役に立たない障害者は本当にゴミだ。例えば、耳の聞こえない聴覚障害者は大きな音にも耐えられるから兵器工場とか弾薬を作る工場などに動員されて働かされてた。目の見えない視覚障害者は針灸マッサージの資格を得ている人が多い事もあって、国内の軍隊の駐屯地に派遣されて施術を強制されてきた。精神障害者は隔離。脳性麻痺のような動きの鈍くて手の掛かる者は座敷牢という場所で家族内で隔離されていた。この思想は未だに通じており、未だに身内に障害者がいる事を恥じる傾向がある。ユニークな映画やドラマであった山下清の「裸の大将」の様な例はごく稀な例だ。

戦後あの世界一の天才と呼ばれていたアインシュタインが日本人として初めてノーベル賞を取った湯川秀樹に対し、原爆を開発し脅してしまってその後悪かったという謝罪をしたというエピソードがあるがどこまでが真実か。この国も京都大学と東京大学で原爆の開発をしていたんだよ。遠心分離機を作るまでは成功していた。ただ、手に入るウラリウムが少なくて間に合わなかったんだ。この事は映画にもなっている。タイトルは「太陽の子」。主演が三浦春馬。監督は黒崎博。
日本の戦争映画とか反戦映画はつまらない。でも1番面白くて考えさせられた映画が一本だけある。それは「キャタピラー」監督が若松孝二。主演は寺島しのぶ、大西信満

戦時中、世田谷の小田急線の駅近くにあった東京私立光明養護学校が空襲で丸焼きになった。たまたま、夜だったから児童生徒はいなくて被害は出なかった。近くに羽木公園があり高台でそこに陸軍の高射砲の陣地があった。米軍のB29という爆撃機が攻撃してその火花が飛んび東京私立の光明学校は全焼した。元々、その高射砲は6000m上空までしか砲弾を飛ばせなくてB29には届かない。全く無駄な物だったのだ。当時世田谷というところは、畑や農家ばかりで点々と住民がいたにすぎない。今の様な高級住宅地ではなかった。その後、児童生徒は教員と共に長野県にある上山田温泉旅館に集団疎開する。当時の女将さんがまだ生きている時に(35.6年ほど前)話を聞きに行ったことがある。女将さんは80歳くらいの高齢になってたが先々丁寧に対応してくれた。(もう亡くなっていると思います)光明養護学校の生徒が集団疎開中に3回松本にある憲兵隊の司令部から司令官が訪ねてきて女将さんに対して何か危険が起きた際はこれを使う様にと青酸カリの入った瓶を渡されたと言っていた。これは事実ですよとも言っていた。
現在も上山田温泉ホテルという名前で営業しているはずです。
避暑も兼ねて行ってみてはいかがですかね。
当時の状況が書かれた本が売っているはずですよ。

亡くなったパンタさんの追悼の献花式と追悼ライブが決まりました。
【献花式】
場所:渋谷DUO
時間:16:00~17:30

【追悼ライブ】
時間:17:30-(受付)

ファンの方は是非。
僕は体の調子次第で、、、。
自分も68歳だから、残り少ない人生をわがままに生きようと思っている。
パワハラだ、セクハラだ思われてもかまへんから、
わがままに生きてやる。
病院では絶対に死にたくない。と主治医の看護師にも伝えてある。ここで死なせてくれと。